物盗られ妄想の感覚

 Alzheimer型認知症の傾向として物盗られ妄想というのが有名だ。自分でどこにしまったかを忘れたからと言って、なんでまた人のせいにするのか…。初めて聞いたときはまた突拍子もない妄想だと不思議に感じたのものだが、意外と身近な経験で共感できる。

 例えば、ある日ある時自分の家に帰って駐輪場に目をやると、自分の自転車が忽然と消えている。すぐに「盗られた!」と思うだろう。これはなぜか。

 自転車が消えているという現象に対して、

①自転車が消滅した。

②自転車を自分で移動させた。

③自転車が盗まれた。

という考えを浮かべたとする。①は常識的にあり得ないと考え即却下…。②そんなことをした記憶はない、違う。③じゃあ盗られたとしか考えられない。とまぁこんな一連の思考の流れが一瞬のうちに出来上がるのだろう。

 さて、この「②そんなことをした記憶はない」というのがポイントだ。実際に盗られたのであれば問題ないが(医学的に)、仮にひと月ほど前に自転車を自分で移動させたことをきれいさっぱり忘れていたらどうだろうか。おそらく上記の流れをたどって見事に他人のせいにしてくれることだろう。

 Alzheimer型認知症では、「いつ、どこで、何をしたか」というエピソード記憶がそっくり欠落するのだから、本人は嘘をついているつもりもなく物盗られ妄想に至ってしまうというのも解せるのではないだろうか。